リハビリ
いよいよリハビリが始まる。 3Fの病室から1Fのリハビリ室まで、歩行器で移動する。 起き上がって二日ほどで足の感覚は戻っていたが、一週間はこいつのお世話になる。
リハビリ室へ行くと、担当の理学療法士が出迎えた。
その顔を見た瞬間、がっくりときた。 タナカというその女性の身長は155cm位で、体重は70kgといったところだろう。 体脂肪率はおそらく30%を軽く超えているのではないだろうか。 なんだか体調も良くないみたいで、自分の体も管理できないのに理学療法士が勤まるのだろうか…。 まあ、一流の理学療法士ではないだろう。
偏見じゃないですかね。
いーや。 雰囲気も体重も重苦しいタナカとの時間で、わしの胸がときめくことは一切無かったぞ。 いったい何のためにこの病院を選んだのやら…。 怒りすら沸いてきたわい。
おかしいだろ。
ぜーんぜん、おかしくなどないわっ。 思い出しただけで腹が立ってくる!
…。
あの子の名前がナカムラということだけは確認できた。 横目でナカムラさんを追った。 今思えば彼女が担当になるという保障など、どこにも無かったんじゃ。
でしょうね…。
退屈な日々が続いたが仕方が無い。 私に出来ることといえば、リハビリに専念する位だった。
それでいいんですよ。
手術で機能が低下した腰周りの筋肉を電気、ホットパックにより改善していく。 どちらも腰痛には無力だったが、リハビリの役目は十分に果たした。
順調にリハビリは進んだ。 すっかり忘れていたが重要なことを思い出した。 母の結婚を、なんとしても止めなければならない。 さっさと退院しなければ。 もう、ここには長居する理由など無いのだから…。
じっくり治さないと。
リハビリ開始から一週間が経った頃から歩行器も必要なくなり、昼食後に1Fにある病院の喫茶コーナーで、コーヒーを飲むのが日課になっていた。 内臓の病気ではないので、特に食事等に関する制限はない。 ここは、入院患者や病院のスタッフから見舞い客、出入りの業者まで幅広く利用者がいる。 その日も様々な客で賑わっていた。
いつものようにコーヒーを飲んでいるとタナカがやって来た。
「さん」付けしましょうよ…。
タナカは空いたテーブルが無いことを確認すると、こちらへ向かって来た。 私のテーブルまで来ると「ここ、いい?」と相席を求めてきた。 全くなれなれしい。 顔見知りのつもりか。 しかし、断りたかったが断る理由がなかった。
顔見知りでしょうが。
タナカはスペシャルハムサンドとホットケーキセットを注文した。 彼女は毎日、特大の弁当以外にここで補助食を食べる。 毎日、毎日…。
ふと思った。 腹でも壊してくれたら、今日午後のリハビリはナカムラさんになる可能性はないだろうか。 次の瞬間、私はトイレに行くふりをして、飲まずにいた下剤を取りに病室へ向かっていた。 その俊敏な動きを担当医が見たら即退院の太鼓判を押したことだろう。
私は戻ると、彼女に日頃のお礼ということでドリンクをおごると申し出た。 最初は断ると思ったが、「じゃあ遠慮なく」とあっさり受け入れた。 ずうずうしい奴だ。
カップのドリンクを自販機で購入した。 リクエストはコーラだ。 きっと薬を混ぜてもわからないだろう。 タナカが食事に集中しているのを確認して、さりげなく下剤を投入した。 棒の様な物が無かったので指でかき混ぜた。
「どうぞ」とコーラを置いた。 彼女は「ありがとう」と言ってうれしそうに飲んだ。 もう用は無い。 人事を尽くして天命を待つ。 私は病室に戻った。
ったく、なんちゅうことやってんですか。
リハビリの時間がやってきた。 リハビリ室に向かう足取りは軽かった。
しかし、リハビリ室に入った瞬間、私は愕然とした。 タナカがいるではないか。 しかも、いつもの重苦しさは影を潜め、なんだか調子が良さそうだ。
「なんか今日は調子良さそうですね」 さりげなくタナカに聞いてみた。
「わかります? 実はしつこかった便秘が治ったんですよ」 タナカはうれしそうに答えた。
よくそんな告白が出来るな。 お前には乙女の恥じらいというものが無いのか?
数日後、傷心のまま、私はひっそりと退院した。
おめでとうございます。


